チンギス・カンとその友人たち



 
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 モンゴル史の地名  Place names in The History Books of Mongols

 

  1 チクルク山の位置はどこか Where is the location of Chiqurqu mountain.

チンギス・カンの前半生 その2「父の死」で、イェスゲイの亡くなった原因となったチェクチェル山と その麓のシラ・ケールを、ケルレン河中流域にあるイフ・ツァガン・オンドル山とその麓のフルンブイル町と推定しました。
チクルク山はこの山とよく一緒に史料に出てきますが、チェクチェル山が分かってもなお、その位置は判然としません。 クイテンの戦いの前、ウルクイ・シルケルジト河地方にいたテムジンとオン・カンが、ナイマン軍の接近をそこから届いた連絡で知ります。 チェクチェル山を基に山の位置を推定しました。
テムジンの嫁ホエルンの父親で、良き後援者だったデイ・セチェンがいたという、 チェクチェル山とチクルク山の山の間の位置も推定できました。 研究ノート(pdf)を読む
 

  1 エデル、アルタイの合流点の位置 The Location of Eder, Altai Confluence

ナイマン部族へ侵攻したテムジンは帰り道にオン・カンに置き去りにされますが、「エデル、アルタイの合流点」を通って 無事本拠地に着きます。それがどの地点だったのかは、部族統一戦争がどのように行われたのかを考える上で重要です。この地名は二つの河が 合流している地点だと考えられてきました。しかし、そうではなく、二つの方向を示しているのだと考えると、従来提案されて来たのとは全く別の地点が浮かび上がりました。 研究ノート(pdf)を読む
 

  3 キジル・バシの地 The Land of Kizilbash

テムジンはナイマン部族のブイルク・カンと三度戦って彼を滅ぼします。彼の領地はキジル・バシ、トルコ語で赤い頭と 呼ばれていましたが、なぜそう呼ばれたのか、又その地はどこなのかはっきりしていませんでした。考察した結果、赤い頭とは彼等が被っていた 帽子の色だと考えました。又、その地の象徴のように描かれているウルク・タクはバヤンホンゴル県のイフ・ボグド山と判断しました。 研究ノート(pdf)を読む
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